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東京地方裁判所八王子支部 昭和63年(ワ)69号 判決

原告(反訴被告) 社会福祉法人 あかね保育の会

右代表者理事 大里千代子

原告(反訴被告) 大里洋雄

〈ほか三名〉

右五名訴訟代理人弁護士 小野幸治

同 鬼束忠則

被告(反訴原告)兼亡堀江知彦 訴訟承継人被告(反訴原告) 堀江子

右訴訟代理人弁護士 福岡清

同 小林伸年

同 串田誠一

主文

一  被告(反訴原告)は別紙物件目録(一)記載の土地を原告(反訴被告)らが徒歩及び車両で通行することを妨げてはならない。

二  被告(反訴原告)は、右土地上に設置した杭、箱、コンクリートブロック及び瓦並びに同地上に植栽した木及び灌木を撤去せよ。

三  被告(反訴原告)は、右土地上に杭、箱、瓦類、植木、灌木その他原告(反訴被告)らが徒歩及び車両で通行することの妨げとなる一切の工作物を設置あるいは植栽してはならない。

四  反訴原告(被告)の反訴請求を棄却する。

五  訴訟費用は本訴、反訴を通じて全部被告(反訴原告)の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  本訴請求の趣旨

1  主文第一ないし第三項同旨

2  訴訟費用は被告(反訴原告、以下「被告」という。)の負担とする。

3  主文第二項の撤去請求につき仮執行の宣言

二  本訴請求の趣旨に対する答弁

1  原告(反訴被告、以下「原告」という。)らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

三  反訴請求の趣旨

1  原告らは、別紙物件目録(一)記載の土地のうち別紙図面の、、、、の各点を順次直線で結ぶ範囲内の土地部分(赤斜線部分)につき通行権が存在しないことを確認する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

四  反訴請求の趣旨に対する答弁

1  主文第四項同旨

2  訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

一  本訴請求原因

1  原告社会福祉法人あかね保育の会(以下「原告法人」という。)は、別紙物件目録(二)の一記載の建物(以下「(二)の一の建物という。)を、原告大里洋雄(以下「原告洋雄」という。)は同目録二記載の建物(以下「(二)の二の建物」という。)を、原告大里千代子(以下「原告千代子」という。)は同目録三記載の土地(以下「(二)の三の土地」という。)を、原告松村文雄(以下「原告文雄」という。)は同目録四、五記載の各土地(以下「(二)の四、五の土地」という。)を、原告松村み祢(以下「原告み祢」という。)は同目録六記載の建物(以下「(二)の六の建物」という。)をそれぞれ所有している。

そして、原告法人(代表者理事原告千代子)は、(二)の三の土地上の(二)の一の建物において保育園を営み、原告洋雄、同千代子は(二)の三の土地上の(二)の二の建物に家族四人で居住し、原告文雄及びその母である同み祢は、(二)の四の土地上の(二)の六の建物に家族六人で居住している。

2  訴訟承継前の被告亡堀江知彦(以下「知彦」という。)及び被告は、原告文雄所有の(二)の四の土地に隣接する別紙物件目録(三)の一記載の土地(以下「(三)の一の土地」という。)及び同目録二記載の建物(以下「(三)の二の建物」という。)を、それぞれ知彦が一〇分の三、被告が一〇分の二の持分割合で共有して居住していたが、昭和六〇年八月三〇日、訴外井野米次(以下「井野」という。)から別紙物件目録(一)記載の公衆用道路(以下「本件土地」という。)を買い受け、同年九月四日、知彦及び被告が各二分の一の持分割合でその旨の所有権移転登記を経由した。

その後、昭和六三年六月二八日知彦は死亡し、被告は、右各土地、建物についての知彦の共有持分を相続取得した。

3  原告千代子所有の(二)の三の土地は、同原告の亡父が、昭和一四年に、本件土地の前所有者でもあった井野の亡父から買い受けたものであるが、右買受の際、原告千代子の亡父は、井野の亡父との間で、右(二)の三の土地を要役地とし、本件土地(当時既に道路としての形状を備えていた。)を承役地とする無償の通行地役権設定契約をなした(因に、昭和三五年頃、(二)の三の土地の西側に接していた水路が埋立てられて公道が設置されたが、右西側公道設置前も、右(二)の三の土地は袋地ではなく、橋を渡れば、用水路沿いの公道へ出ることができた。)。

そして、原告千代子は、昭和五〇年四月二四日亡父の死亡により、(二)の三の土地所有権及び本件土地の通行地役権を相続取得した。

4  原告文雄は、昭和四七年一〇月二〇日、(二)の四の土地を、昭和四六年一〇月二日これを相続取得した渡辺庄太郎から譲渡を受けたが、右渡辺の被相続人は、原告千代子の亡父同様に右土地買受けの際井野の亡父との間で、本件土地についての無償の通行地役権設定契約をなし、原告文雄は、右のとおり、(二)の四の土地を買い受けたことにより、本件土地についての通行地役権を承継取得した。

5  一方、井野は、昭和二一年一一月四日、亡父の死亡により、本件土地を家督相続し、前二項の地役権の承役地所有者(地役権設定者)としての地位を承継し、被告は、第2項記載の経緯により、本件土地を買受け取得したことによって、右地役権の負担を承継するに至った。

6  原告洋雄は原告千代子の夫であり、かつ、原告千代子所有の(二)の三の土地上に(二)の二の建物を所有してこれに居住する者、原告法人は、昭和五一年四月設立され、その代表者理事たる原告千代子所有の(二)の三の土地上に(二)の一の建物を所有し、同建物において保育園を営む者であるから、いずれも原告千代子の有する本件通行地役権を自己のために行使し得る者であり、また、原告み祢は、原告文雄所有の(二)の四の土地上に(二)の六の建物を所有し、これに居住する者であるから、原告文雄の有する本件通行地役権を自己のために行使し得る者である。

7  しかるに、昭和六〇年一〇月頃、被告及び知彦は、本件土地東側半分に日産サニーとの境界の塀沿いに、樹木、灌木を植え、その外側にブロック瓦類を並べて、一方的に通路を狭め、次いで、昭和六三年九月、本件土地西側半分にも、右塀沿いに、樹木、灌木を植え、本件土地東側出入口中央に、「車両出入り禁止」等と書いたビール箱を置き、更に、右と同じ場所に木製の杭を打ち、本件土地の徒歩及び車両による通行を妨害する挙に出て、本件土地での原告らの通行を禁止すると述べるに至った。

8  なお、原告らは、本件通行地役権につき登記を経ていないが、原告らは、後に本件土地所有権を取得した被告に対し、右登記なくして本件通行地役権を対抗することができる。

即ち、被告及び知彦は、昭和六〇年八月本件土地を取得するに先立ち、昭和五五年七月五日、(三)の一の土地を取得し、同年八月から同地上の(三)の二の建物に居住したから、その時から、原告ら近隣居住者が本件土地を徒歩及び車両により通行の用に供していることを知悉しており、また、本件土地買受に当り、本件土地は公衆用道路として登記されていることを知り、それ故に、時価よりもかなり安価でこれを買い受けたのである。

このように、被告は、本件土地が原告らの通行の用に供されていることを知りながら、本件土地を取得した者であるから、原告らに本件通行地役権を登記なくして対抗されても何ら不測の損害を被る者ではないものというべく、被告は、原告らが本件通行地役権につき登記を有しないことを主張するにつき正当な利益を有する者ではない。

9  仮にそうでないとしても、本件土地は、幅員三ないし三・六メートルで、形状も、各隣地との境界に塀が築造され、東西両端は公道につながり、東側公道への手前には車両通行用の道路標識も設置されていて、私道として使用されていることは一目瞭然であり、しかも、原告らは、永年に亘り本件土地を徒歩及び車両で通行してきており、その必要性も極めて高い。一方、被告は、本件土地取得の経緯からして、本件土地が徒歩及び車両による通行の用に供されていることは知悉し、本件土地につき公衆用道路としての非課税措置も受けているのであるから、被告が、本件土地についての原告らの通行を妨げることは権利の濫用として許されない。

10  よって、原告らは、被告に対し、原告らが本件土地を通行することについての妨害禁止、被告が本件土地上に設置した物件及び植栽した樹木等の撤去並びに妨害物設置の禁止を求める。

二  本訴請求原因に対する認否

1  第1項の事実は知らない。

2  第2項の事実は認める。

3  第3、4項の事実中本件土地について各地役権設定契約がなされたことは否認するが、その余の事実は知らない。

4  第5項中被告が原告ら主張の経緯により本件土地所有権を取得したことは認めるが、その余の事実は否認する。

5  第6項の事実は不知、主張は争う。

6  第7項のうち被告が原告らに対し、本件土地の通行を禁止したことは認める。本件土地の前主井野が原告らの通行を許したのは好意によるものである。また、細い道路を車両で通行するのは危険である。

7  第8、9項の主張は争う。

8  本件土地は自動車が出入りするほどの幅員もなく、出入すべき道路ではないし、また、その必要もない。原告らはいずれもバス通りから自由に出入りができるから、敢えて被告宅前の私道を通行する必要はない。

元来、原告千代子所有の(二)の三の土地は囲繞地であって、その西側に接する小川で行き止りであったところ、埋め立により幅員一〇メートル以上のバス通りに面することとなり、本件土地を使用しなくとも、通行その他社会生活上何らの支障はない。

また 本件土地上の樹木は、ニッサンサニー工場の排ガスや洗車による粉霧、煤煙を防禦するため相当の代価を支払って植栽したもので、原告らの健康のためにも有益なものである。

三  反訴請求原因

1  被告及び知彦は、昭和六〇年八月三〇日、井野から本件土地を共同で買い受けたが(持分各二分の一)、その後、昭和六三年六月二八日知彦が死亡し、被告は本件土地についての知彦の共有持分を相続取得した。

2  原告らは、本件土地につき通行地役権を有する旨主張し、徒歩及び車両により本件土地を通行の用に供している。

3  しかし、原告らが本件土地を通行してきたのは、本件土地の前主井野の好意によるもので、何らの権利を有するものではない。

4  被告は、本件土地中被告宅前のうち一メートル幅の部分を原告らのための通行のために残し、その余の部分を駐車場として使用する必要がある。

5  よって、被告は、原告らに対し、本件土地のうち別紙図面の、、、、の各点を順次直線で結ぶ範囲内の土地部分(赤斜線部分)につき通行地役権が存在しないことの確認を求める。

四  反訴請求原因に対する認容

1  第1、2項の事実は認める。

2  第3項の主張は争う。

3  第4項の事実は知らない。

五  反訴抗弁

本訴請求原因第1ないし第6項及び第8、9項に同じ

六  反訴抗弁に対する認否

本訴請求原因に対する認否第1ないし第5項及び第7項に同じ

第三証拠《省略》

理由

一  《証拠省略》によれば請求原因第1項の事実を認めることができる。

そして、請求原因第2項の事実は当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》を総合すれば、井野の父は分譲業者として、その所有に係る三鷹市《省略》一三四番の土地を分筆して分譲するに当り、各分譲地がいずれも通路に接面するよう、同番の土地内に、その西側水路と東側公道とをつなぐ形状で、同番六(本件土地)、同番一二、同番一七の三筆の土地を細長く分筆して、三本の通路を開設した上、同番の土地を分筆して分譲したこと、原告千代子の父は、昭和一四年に井野の父から右分譲地の一区画である(二)の三の土地を買い受け、その際、本件土地を東側公道への通路として通行することの承諾を受け、以来これを通行の用に供してきたこと、そして、原告文雄の前主渡辺庄太郎の父渡辺文吾も、昭和一四年、井野の父から右分譲地の中から(二)の四の土地のほか一三四番八、同番五〇の土地を買受け、右買受に当り、井野の父から本件土地を東側公道への通路として使用することの許諾を受け、一三四番五〇の土地上に自宅を所有して居住し、同番八の土地上に電機部分製造工場を所有していた文吾は、本件土地を車両通行の用に供していたことを認めることができる。

右事実からすれば、井野の父は、一三四番の土地を多数筆に分筆して分譲する都度、各分譲地譲受人との間において、その分譲地を要役地とし、これに接面する前記三本の通路のいずれかを承役地とする無償の通行地役権を設定する旨の黙示の合意をなしていたものと推認することができるから、原告千代子の父及び渡辺文吾は、昭和一四年それぞれ(二)の三の土地及び(二)の四の土地を井野の父から買受けた際、右各土地を要役地とし、本件土地を承役地とする無償の通行地役権を取得したものと認めるべきである。

しかして、《証拠省略》によれば、(二)の三の土地は、昭和五〇年四月二四日、原告千代子の父が死亡したことにより、同原告がこれを相続取得し、(二)の四の土地は、昭和四六年一〇月二日、渡辺文吾の死亡により、その子渡辺庄太郎がこれを相続取得し、次いで昭和四七年一〇月二日、原告文雄が右庄太郎からこれを買受けたこと、本件土地は、一三四番の各分譲地の分譲完了後も、一三四番一二の土地及び同番一七の土地と共に、通路として使用され、井野の父の所有のままであったが、昭和二一年一一月四日、井野の父の死亡により、井野がこれを家督相続したことを認めることができ、被告が前記経緯で本件土地所有権を取得するに至ったことは当事者間に争いがない。

右事実によれば、原告千代子は(二)の三の土地所有権を、原告文雄は(二)の四の土地所有権を取得したことにより、それぞれ、右各土地を要役地とし、本件土地を承役地とする無償の通行地役権を承継取得し、被告は本件土地所有権を取得するとともに、本件土地を承役地とする右各通行地役権の負担を承継するに至ったものというべきである。

そうすると、原告洋雄が原告千代子の夫であり、かつ、原告千代子所有の(二)の三の土地上に(二)の二の建物を所有してこれに居住する者であり、原告法人が昭和五一年四月設立され、その代表者理事である原告千代子所有の(二)の三の土地上に(二)の一の建物を所有し、同建物において保育園を経営する者であること、原告み祢は、原告文雄所有の(二)の四の土地上に(二)の六の建物を所有し、これに居住する者であることは前記認定のとおりであるから、原告洋雄及び原告法人は要役地(二)の三の土地の用益権者として、原告千代子の有する本件通行地役権を、原告み祢は、要役地(二)の四の土地の用益権者として、原告文雄の有する本件通行地役権を、それぞれ自己のために行使し得るものであるというべきである。

三  《証拠省略》によれば、被告及び知彦は、昭和六〇年八月本件土地買入れ直後の同年一〇月頃、本件土地のうち東側半分の被告自宅前に、本件土地南側のニッサンサニー工場の塀に沿って、七本のマテバシイ(馬刀葉椎)を植栽し、その根本に土盛りをしてコンクリートブロック、瓦等で土止めをしたこと、次いで、昭和六二年になると、本件土地西側半分の前記ニッサンサニー工場の塀沿いに一三本の同種の木を植栽し、その根方に前同様の土盛りと土止めを施し、更には、本件土地東側出入口に「車両の出入り禁止」と書いたビールケースを置き木杭を打つなどし(同物件は、同年末、東京地方裁判所八王子支部の仮処分命令により撤去された。)、また、原告らに対し、本件土地を車両で通行しないよう申し入れたりなどしたことを認めることができる。

《証拠省略》によれば、右樹木の植栽は、本件土地の南側隣接地にあるニッサンサニー工場から飛来する洗車の粉霧、煤煙、排ガス等の防止を主目的としてなされたものであることが認められるが、《証拠省略》によれば、右植栽により、本件土地の通行の用に供される範囲が狭められる結果となり、車両通行の妨害となっていることは否めないことが認められ、本件土地についての通行地役権者である原告らの諒承を得てなされたものではないから、右樹木等も本件土地についての通行地役権の行使を妨害するものとして、木杭、ビールケース、その他の物件と共に、これを本件土地から撤去すべき義務は免れないものというほかはない。

四  なお、原告千代子及び原告文雄が本件通行地役権について登記を有しないことは原告らの自認するところである。

しかしながら、《証拠省略》によれば、本件土地は、幅員三ないし三・六メートルで、形状も各隣地との境界には塀が設置され、東西両端は公道につながり、東側公道への出入口付近には車両通行用の道路標識も設置されていて、私道として使用されていることが一目瞭然の状態にあること、被告は、昭和六〇年八月本件土地を買取る以前の昭和五五年七月には、本件土地に接する(三)の一の土地と同地上の(三)の二の建物を買入れて、同年八月から同所に居住しており、本件土地が原告らほか近隣居住者らにより、徒歩及び車両による通行の用に供されていることを知悉していたこと、また、被告は、本件土地買取りに当り、本件土地の登記簿上の地目が公衆用道路であり、非課税措置を受けていることを知り、そのため、所有者井野から時価よりは遥かに廉価で買取っていることが認められる。

かかる事情の下においては、被告は、原告千代子、同文雄が本件通行地役権につき登記を有しないことを主張するにつき正当な利益を有しない者に当ると認めるべく、原告らは、右登記なくして、本件土地通行地役権を被告に対し対抗し得るものというべきである。

五  以上認定判示したところによれば、被告に対し、原告らが本件土地を徒歩及び車両で通行することの妨害禁止、本件土地上に被告が設置した妨害物件及び植栽した樹木の撤去並びに本件土地上に右の如きその徒歩及び車両による通行の妨害となる一切の妨害物件の設置及び樹木の植栽の禁止を求める原告らの本訴請求はすべて理由がある。

従って、また、被告の反訴請求が理由のないことは、以上の判示に照らし多言を要せずして明らかである。

六  よって、原告らの本訴請求を認容して、被告の反訴請求を棄却し、訴訟費用の負担については民訴法八九条を適用し、仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 落合威)

〈以下省略〉

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